映画『シリアスマン』(A Serious Man)







概要


  • 原題: A Serious Man
  • 公開年: 2009年(日本公開は2011年2月26日)
  • 製作国: アメリカ合衆国
  • 監督・脚本: ジョエル・コーエン、イーサン・コーエン(コーエン兄弟)
  • ジャンル: コメディ、ドラマ(ブラックコメディ、不条理コメディ)
  • 上映時間: 106分
  • 背景: コーエン兄弟が自身の少年時代を過ごした1967年の中西部のユダヤ人コミュニティを舞台に、彼らの出自や文化が色濃く反映された作品。



あらすじ


舞台は1967年、アメリカ中西部の郊外。大学で物理学講師として働くラリー・ゴプニック(マイケル・スタールバーグ)は、真面目で平凡な人生を送ってきました。敬虔なユダヤ教徒であり、妻と二人の子供と共に平穏な日々を送っているはずでした。

しかし、ある日突然、彼の人生は一変します。長年連れ添った妻から唐突に離婚を切り出され、さらに彼女はラリーの同僚と関係を持っていたと告白します。同居している変わり者の兄は、何かとトラブルを起こし、警察沙汰に。大学では、韓国人学生から賄賂を突きつけられ、成績評価を巡って悩まされます。子供たちは反抗期で手を焼き、隣人との間にもトラブルが頻発するなど、次から次へと不条理な不幸がラリーに降りかかります。

ラリーは、なぜこれほどまでに自分に不幸が降りかかるのか理解できず、ユダヤ教のラビ(宗教指導者)たちに助言を求めます。しかし、どのラビも明確な答えや救いを与えてはくれず、かえって謎めいた話や不可解な態度でラリーを困惑させます。

人生の不条理と理不尽な出来事の連鎖に翻弄されるラリーは、自身の存在意義や信仰、そして人生の意味について深く悩み続けます。


主なキャスト


  • マイケル・スタールバーグ as ラリー・ゴプニック
  • リチャード・カインド as アーサー(ラリーの兄)
  • フレッド・メラメッド as サイ・エイブルマン
  • サリ・レニック as ジュディス・ゴプニック(ラリーの妻)
  • アーロン・ウルフ as ダニー・ゴプニック(ラリーの息子)
  • エイミー・ランデッカー as サラ・ゴプニック(ラリーの娘)
  • サイモン・ヘルバーグ as ラビ・フレッシュマン
  • ジョージ・ワイナー as ラビ・ナハトナー
  • アラン・マンデル as ラビ・マッシュケ


主題歌・劇中歌


映画の音楽は、コーエン兄弟作品でおなじみのカーター・バーウェルが手掛けています。特定の主題歌や劇中歌がフィーチャーされているというよりも、ユダヤの民族音楽や当時のポップカルチャーの音楽が効果的に使用され、映画の雰囲気や時代背景を彩っています。


受賞歴


  • 第82回アカデミー賞: 作品賞、脚本賞にノミネート。
  • インディペンデント・スピリット賞: ロバート・アルトマン賞(監督、キャスト、キャスティング・ディレクターに贈られる賞)、撮影賞受賞。
  • 全米映画批評家協会賞: 脚本賞受賞。
  • ナショナル・ボード・オブ・レビュー賞: オリジナル脚本賞受賞。
  • その他、様々な映画賞でノミネート・受賞歴があります。


撮影秘話


  • リアリティの追求: コーエン兄弟は、この映画でスター俳優を起用せず、あえて無名の俳優を多く起用しています。これは、観客に物語の設定とリアリティを強く感じてもらい、普通の人の人生の断片を描きたかったためと語っています。映画スターを使うと、彼らが持つ「スター性」がリアリティを損なうと考えたようです。
  • 出自への言及: 映画の舞台となるユダヤ人コミュニティは、コーエン兄弟が実際に育った環境が色濃く反映されています。彼らは「僕らはユダヤ人だ。どこで育っていようが、それが僕らのアイデンティティーの重要な部分を占めている」と語っています。
  • 「ヨブ記」との関連: この映画は、旧約聖書の「ヨブ記」を想起させると言われることがありますが、コーエン兄弟は直接的に「ヨブ記」を参考にしたわけではないと述べています。彼らは単に「自分たちの映画を作っていただけ」であり、関連性については理解するが、彼らの意図ではなかったと説明しています。
  • コメディへの意識: コーエン兄弟は、意図的にコメディを作っているわけではないと語っています。「ストーリーはストーリーだし、自由に感じて、笑ってくれればと思う」とのこと。彼らにとっては、良いことよりも悪いことが起きる方が、物語をダイナミックにする面白いネタになるという考えがあるようです。
  • 冒頭の寸劇: 映画の冒頭には、イーディッシュ語による「悪霊(Dybbuk)」のフォークロアを基にした寸劇が挿入されており、物語全体に通じる不条理なテーマを示唆しています。


感想・レビュー


『シリアスマン』に対する評価は、コーエン兄弟の他の作品と同様に、観客を選ぶ傾向があります。 好意的なレビューでは、コーエン兄弟らしいブラックユーモアとシニカルな視点が評価され、真面目な主人公に次々と降りかかる不運の連鎖が「笑える」と評されます。不条理な現実を突きつけられる中で、それでも何か意味を探そうとする人間の滑稽さが描かれているという見方もできます。ユダヤ文化や風習が深く描かれている点も、作品の独自性を高めています。

批判的なレビューでは、物語に明確な解決やカタルシスがない点、主人公にただ不幸が降りかかるだけの展開、不条理すぎて感情移入しにくい点が挙げられます。万人受けする作品ではないため、「退屈」「よくわからない」といった感想を持つ人もいます。


考察


この映画は、現代社会における「意味」の探求、そして人生の不条理に対する人間の葛藤を深く考察しています。物理学の不確定性原理を教えるラリーの専門と、彼の人生に降りかかる予測不能な出来事が対比され、「すべてをコントロールすることはできない」という現実を突きつけます。ラビたちの助言も、明確な答えではなく、比喩や教訓に留まることで、人生の意味は自ら見出すしかないという示唆を与えています。

ユダヤ教の信仰と伝統、そして共同体の在り方が物語の核となっており、信仰が常に明確な答えを与えるわけではないという、ある種のシニシズムも感じられます。それでも、ラリーは何かを信じようともがき続ける「真面目な男(Serious Man)」なのです。


ラスト


(ネタバレを含みます)


映画のラストは、コーエン兄弟作品らしい不穏で不確実な結末を迎えます。

ラリーは、大学で終身雇用(テニュア)の審査を受けることになり、その結果を待っています。一方、息子のダニーは、ユダヤ教徒の成人式(バル・ミツバー)を無事に終えますが、ラビから教えられた「歯医者の裏側にヘブライ文字で『助けて』と書かれている」という奇妙な話に困惑し、その意味を尋ねるも明確な答えは得られません。

映画の終盤、ダニーの学校に竜巻が接近し、生徒たちはシェルターに避難を命じられます。そして、ラリーには、彼が賄賂を受け取って成績を上げた学生の件で、医師から電話がかかってきます。その電話の内容は、ラリーの健康に関する深刻な診断結果(おそらく、歯の腫瘍に関するもの)を告げるものでした。

映画は、ラリーがその診断結果を聞きながら、そして竜巻が迫る中、ダニーが避難しようとする小学校のシーンで唐突に終わります。明確な解決や希望が提示されることはなく、むしろ更なる不幸や不確実性が待ち受けていることを示唆する、突き放したようなエンディングです。これは、「ヨブ記」のように最後に報われるハッピーエンドとは真逆であり、「あなたに起きることすべてをあるがままに受け入れなさい」という冒頭の言葉が、改めて観客に問いかけられる形になっています。


視聴できるサイト


  • Amazon Prime Video
  • FOD(フジテレビオンデマンド)
  • Google Play Movies & TV
  • YouTube Movies

配信状況は変更される場合がありますので、各サービスの最新情報を確認してください。レンタルまたは購入での視聴が可能な場合が多いです。


まとめ


『シリアスマン』は、コーエン兄弟が自身のルーツであるユダヤ人コミュニティを舞台に、真面目な男に次々と降りかかる不条理な不幸を描いたブラックコメディです。明確な解決のない展開と、人生の不確実性を突きつけるシニカルな視点が特徴で、観客を選ぶ作品ですが、その独特の世界観と深い考察は高く評価されています。カーター・バーウェルによる音楽や、リアリティを追求したキャスティングも注目すべき点です。