『インヒアレント・ヴァイス』







概要


  • 原題: Inherent Vice
  • 公開年: 2014年(日本公開は2015年)
  • 製作国: アメリカ
  • 監督: ポール・トーマス・アンダーソン
  • 脚本: ポール・トーマス・アンダーソン(トマス・ピンチョンの同名小説に基づく)
  • ジャンル: コメディ、ドラマ、犯罪、ミステリー
  • 上映時間: 148分
  • レイティング: R15+ (日本) / R (アメリカ)


あらすじ


1970年代初頭のカリフォルニア。ヒッピー文化が終わりを告げようとする時代。主人公は、私立探偵でマリファナ中毒のドック・スポーテッロ(ホアキン・フェニックス)。ある日、数年前に姿を消した元恋人のシャスタ・フェイ・ヘップワース(キャサリン・ウォーターストン)が彼の元を訪れる。彼女は、現在の恋人である大富豪の不動産王ミッキー・ウルフマン(エリック・ロバーツ)が、妻と愛人によって精神病院に送り込まれる計画があることを告げ、ドックに調査を依頼する。

この依頼をきっかけに、ドックはロサンゼルスの裏社会の渦中に巻き込まれていく。次々と現れる謎の人物たち、失踪、殺人、警察の不正、麻薬組織、カルト教団、歯科医の陰謀など、様々な事件が複雑に絡み合い、物語は混沌とした様相を呈していく。ドックはマリファナでぼやけた頭と持ち前の直感だけを頼りに、真相を追い求めて奔走するが、事態はさらに泥沼化していくのだった。


主なキャスト


  • ホアキン・フェニックス as ラリー・"ドック"・スポーテッロ
  • ジョシュ・ブローリン as クリスチャン・"ビッグフット"・ビョルンセン警部補
  • オーウェン・ウィルソン as コイ・ハーリンゲン
  • キャサリン・ウォーターストン as シャスタ・フェイ・ヘップワース
  • リース・ウィザースプーン as ペニー・キンボール
  • ベニチオ・デル・トロ as サイ・ドワーフ
  • ジェナ・マローン as ヘイゼル・メイ・カニングハム
  • マーティン・ショート as ドクター・ルーディ・ブラットノア
  • ジョアンナ・ニューサム as ソータ・ドミンゲス(語り手)
  • エリック・ロバーツ as ミッキー・ウルフマン


主題歌・楽曲


映画の音楽は、レディオヘッドのメンバーであるジョニー・グリーンウッドが担当しました。彼はポール・トーマス・アンダーソン監督の作品を数多く手がけています。この映画では、サイケデリックな雰囲気を醸し出すオリジナルスコアに加え、1960年代後半から70年代初頭のヒット曲が多数使用されており、当時の空気感を色濃く反映しています。


主な使用楽曲


  • Can Heat - "Vitamin C"
  • The Marketts - "Out of Limits"
  • Neil Young - "Journey Through the Past"
  • Les Baxter - "Liquid Sunshine"
  • Minnie Riperton - "Les Fleurs"


受賞歴


  • アカデミー賞ノミネート: 脚色賞、衣装デザイン賞
  • ゴールデングローブ賞ノミネート: 主演男優賞(ミュージカル・コメディ部門、ホアキン・フェニックス)
  • 全米映画批評家協会賞: 助演女優賞(キャサリン・ウォーターストン)、作曲賞(ジョニー・グリーンウッド)
  • ロサンゼルス映画批評家協会賞: 作曲賞(ジョニー・グリーンウッド)
  • その他、多くの批評家協会賞やインディペンデント・スピリット賞などでノミネート、受賞歴があります。


撮影秘話


  • 本作は、カルト的な人気を誇る作家トマス・ピンチョンの同名小説の映画化であり、彼の作品が映画化されるのは初めてのことでした。
  • ピンチョンの小説は非常に難解で、独特の文体と複雑なプロットで知られています。ポール・トーマス・アンダーソン監督は、その小説を映画の形に落とし込むという困難な課題に挑みました。
  • 監督は、脚本を執筆する際に、原作の膨大な情報を取捨選択し、映画としての物語の流れを構築するのに苦労したと語っています。
  • 1970年代初頭のロサンゼルスと、当時のヒッピー文化の終焉という時代背景を忠実に再現するため、美術や衣装には細部までこだわりが見られます。
  • 撮影監督のロバート・エルスウィットは、独特の映像美で映画のサイケデリックな雰囲気を強調しました。


感想


『インヒアレント・ヴァイス』は、非常に独特な鑑賞体験を提供する映画です。物語は複雑で、一見すると支離滅裂に感じられるかもしれませんが、それがむしろ本作の魅力となっています。ホアキン・フェニックス演じるドックの飄々としたキャラクターと、彼を翻弄する奇妙な登場人物たちのやり取りが、オフビートな笑いを誘います。サイケデリックな映像と音楽、そして当時の時代背景が相まって、夢を見ているような、あるいはマリファナの煙の中にいるような感覚に包まれます。一度見ただけでは全容を掴むのが難しいかもしれませんが、何度も見返すことで新たな発見がある奥深さを持っています。


レビュー


批評家からのレビューは賛否両論に分かれましたが、特にその大胆な映画化と監督の挑戦的な姿勢が高く評価されました。Rotten Tomatoesでは73%の支持率を得ており、「意図的に混乱を招くが、その挑戦は報われる。ポール・トーマス・アンダーソン監督の『インヒアレント・ヴァイス』は、そのジャンルを嘲笑し、ヒッピーのカウンターカルチャーの時代を驚くほど正確に描いている」と評されています。Metacriticでは76/100のスコアで、「概ね好評」とされています。難解さやとっつきにくさを指摘する声もありましたが、その芸術性や独創性を高く評価する意見が目立ちました。


考察


本作は、1970年代の終焉と共に失われていくヒッピー文化と、それに伴う理想の崩壊を描いていると考察できます。ドックは、当時の自由で楽天的な精神の最後の名残りのような存在であり、彼が巻き込まれる事件は、その時代の光と影、そして混沌を象徴しています。ミステリーの謎解きよりも、その時代の空気感や、登場人物たちの奇妙な交流、そしてマリファナによって歪んだ現実認識を体験させることに重きが置かれていると言えるでしょう。映画全体が、ドラッグによって変容した意識の中を漂うような感覚で構成されており、観る者自身の解釈が問われる作品です。


ラスト


ネタバレを含みます


ドックは、複雑に絡み合った事件の真実を完全に解明できたわけではないかもしれません。しかし、彼は最終的に、行方不明だったシャスタを偶然にも再会させ、二人は車に乗って夜の道を走り去ります。シャスタは、ドックに「すべては過去に起こったこと、もう終わりよ」というような言葉を投げかけます。ドックは、その言葉を受け入れるかのように、漠然とした表情で前を見つめます。

ラストは、全ての謎が解決するわけでもなく、明確な結論が出されるわけでもありません。しかし、ドックがシャスタという「失われたもの」を取り戻し、共に前へ進む姿は、彼自身の探求の終着点であり、あるいは新たな始まりを予感させます。混沌とした時代の中で、彼らがどこへ向かうのかは観客の想像に委ねられます。映画全体がそうであるように、ラストもまた曖昧で、解釈の余地を残すものです。


視聴できるサイト


配信状況は時期によって変動する場合がありますので、各サービスの最新情報を確認してください。


まとめ


『インヒアレント・ヴァイス』は、トマス・ピンチョンの難解な小説をポール・トーマス・アンダーソン監督が映像化した、1970年代初頭のカリフォルニアを舞台にした異色のクライムミステリーです。マリファナ中毒の私立探偵ドックが、元恋人の失踪を巡る不可解な事件に巻き込まれ、混沌とした裏社会を彷徨います。ホアキン・フェニックスをはじめとする個性的なキャスト、ジョニー・グリーンウッドによるサイケデリックな音楽、そして複雑で曖昧なストーリーテリングが特徴で、観る者に強烈な印象と独特の鑑賞体験をもたらします。難解さゆえに評価は分かれますが、その芸術性と独創性は高く評価されている作品です。